ISBN:978-4-910205-89-2
定価:\1600+税

作品概要

【前章】  希里は愛する道矢真志を島の旅に誘った。
これほどの信頼を持てる相手に出会った自分は幸福だ。けれど隠し事をしている自分では決して愛されないだろう。この旅でその濁りを取り除きたい。希里はそう考えていた。

【中章】  その道矢真志だが、母が亡くなるとき父親の存在を明かした。父、木水真人は、捨て子だった。終戦間際の樺太で、玄関先に「何卒の温情を。名は佐竹真人といいます」と新聞の欄外に書かれた小さな紙片とともに置き去りにされていた。木水老夫妻はその子を自分の子として育てた。その真人の人生に大きな影響をもたらすことになる出来事が起こるのは小学校四年生の時である。貧困から母親は古い軍服を学生服に仕立て直して真人に着せるが、それをからかわれる。我慢できずに真人は相手を殴る。翌日、殴ったその兄が仕返しに来るが、その相手も殴り倒す。自分の思わぬ暴力の熱に真人はためらい、驚く。
その暴力をたしなめる担任女教師だが、殴った兄弟の親の譴責を買い真人を転校させることになる。転校の挨拶に女教師の家を訪れるが留守だった。しかし二日後、教師は殺害されたと知らされる。理由はわからない。さらに、その転校先の担任がひと月もしないうちに同校の守衛に撲殺される。転校間もない真人に声をかけてくれ、すれ違う時には必ず慣れたかと気遣ってくれた守衛だった。連続して起こった殺害事件は真人には大人への不可解と不信となった。
 その日、大学で真人に声をかけてきたのは船山だった。自分一人だけのサークル「戦後民主主義を考える会」をつくり、シンポ・象徴天皇は国家に必要か?をやるから参加しないかというのだ。その出会が二人を結びつけた。メンバーを揃え希望のテロルと名付けた行動を計画する。犯行声明を新聞社に送り、三行広告の紙面で取引を始める。しかし混沌とし、挫折する。
 三年後、真人に間接的に関わっていたことを後悔していた静原真琴は、大卒後新聞社に勤務していた。そこに船山の自死告知書と一緒に希望のテロルの文書が送りつけられてきた現場に立ち会う。静原は真人を探し出すが、関わるなと閉じる。その真人に子どもがいた、道矢真志である。まだ二歳にもなっていない。事件の全てに真人が関わっていると確信するのだが、家庭を壊しても良いかとためらう。その苦悶を母親に漏らすと、木水真人の名を聞いて母親は暗く動乱する。その日、木水真人の目の前に母だと名告る人間が現われるが、幻想だと相手にしなかった。だが人生の罪過を背負ったと知る。家族を捨て、消息は途絶える。

【後章】   道矢真志が父・真人のことを書こうとしていることは、希里は知らない。そして、希里にもそれを隠していては愛ではないと思う無残な過去があった。それを告白するつもりでいる。対等でない世俗の男女の愚蒙さは嫌悪すると吐き棄てる道矢という人間は、情緒だけの愛の通俗性を最も侮蔑するのだった。その希里の携帯に母から、静原の祖母が死んだというメールが届く。折しも島は大雨となり船がいつ着くかわからないと告げている。

物語では体制、文学、映画、哲学、思想など若き学究の熱が交差し、濁流する。さらに、親、子、孫の代におよぶ運命としか言いようのない非情が待っていた。本著は、前章と後章を二段組という手法で「現代」を描き、中章が回顧という構成になっている。

著者紹介

野樹 優(Hiroki Yu)
広告宣伝の企画&ディレクションのフリーランス
◯自家本
画本「悪魔の子マイセルフ」(画・楢喜八)
短歌譚「肉の哥」/連作詩「窒息群」
写像詩譚「侵蝕の群れ−都市の記憶」(写真・長坂洋平)
◯コラージュノベル3部作
「黎い闇」
「眼の荒野。海に堕つ鳥の声、」
「眼の雪、舌の海」
◯演劇/作・演出
詩劇「賢治と啄木の愛」
詩劇「ランボーの夢」
長編詩劇高村光太郎の生涯「愛炎の荒野。雪が舞う、」
◯表現者グループand/orを主宰。
HP=www.andor-net.com