ISBN:978-4-910692-37-1
定価:\1800+税

作品概要

『消えたかもしれないこと』Extra
書簡集を手に取った。なんの感動も興味もなく、各行に目を這わせる。
(この編訳者、なにを考えている……?)
読了後も、そいつの言いたいことが分からなかった。
いや、それぞれの手紙を書いた者の意図は知れる。ようは孤独の誤魔化しだ。
根拠は単純だ。なぜなら。
向こうで幸福にあって自分の意見を受け入れられているやつが、これらの手紙を出すと思うか。
不可解なのは編訳者とやらだ。収録した手紙を気に入っているとうそぶく一方で、自分のかってな美意識を優先する。
たとえば、この本にはふたつのページにわたる段落がない。しかも、すべての段落は3行以内だ。
当然、そんな都合よく、もとの手紙が改行されていたわけがない。
分かったよ、こいつ、本来の手紙をずたずたにして、我が物顔で書簡集に載せたんだ。
訳の仕方もお粗末だ。ランダムと無作為、同じ意味だろ。使い分けんな。尾としっぽ、これも意味なく変えたな。
ずっとずっと編訳者が出ている。どんな手紙なんかより、これがいちばん気味が悪い。
どうしてランダムという表現なんだ。こいつはどういう悪意をもって、訳語を露骨に変えている。
尾のほうも……待てよ、そういえばランダムも尾もどちらも手紙の最初の一語……最初?
一通目は、「は」いけい。二通目は、「や」はり。前者は形式的にすぎる。後者はほとんど意味をなさない。
三通目が「く」るっている、か。ここらへんは露骨な訳語の変更ではないようだが。
あれ、最初の文字をつなげると、「はやく」になるな。
……まさか。
つぎが「う」、そのつぎが「ご」で、それから「け」だな。
「うごけ」? 「はやくうごけ」?
そういうことか……ランダムと尾、この表現に込めた悪意。
七通目以降も、各手紙の一番目の文字だけを抜き出してみるか。
かぎかっこは無視しよう。
…………
…………えっと。あ。
なる。文章になる。漢字に直して書き出せば……
「早く動け。こちらの用意は整った。所定の場所で待っている。例の道具を忘れるな。だが逃げたとて責めはしない。おまえが来ずとも全てを動かす」
へえ、こういう悪意をつつんでいたか。

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著者紹介

小憶良肝油(おおくらかんゆ)
文章を読んで、「この作者、こういうこと考えているのか」と思わないでください。むしろ著作権者は、自分の考えていないことに踏み込んでいます。
本は自分の考えを述べる場所とはかぎらず、自分にはなかった考えを発見する場所でもあるはずです。
著作権者自身はふだんなんにも考えていません。だから著作者として小憶良肝油を立ててみても、それが存在しないとしか思えないわけです。
ただし責任だけは、著作権者にのみ存します。

『濃い紫』(2020)⇒ https://tsumugi-shobo.com/book16/
『私と言うこの本を破いてください』(2021)⇒ https://tsumugi-shobo.com/book82/

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