ISBN:978-4-911093-55-9
定価:\1800+税

作品概要

既刊本の新聞小説・吉川栄治の『宮本武蔵』、この作品は、一九三五年八月二十三日から一九三九年七月十一日(昭和三十四年)から八十三年が過ぎている。今日まで様々な武蔵に関する史料の発掘が進んでいることから、本書は新説を採り入れ、フィクションを極力抑えたものである。したがって前掲の『宮本武蔵』とは異なるものである。内容で唯一、類似するのは第二章・修練の実践期である。これは武蔵の『五輪書』での経緯に沿ったもので、その内容は本書独自のものである。また、三十歳過ぎてからの武蔵を描くのは本書が嚆矢であると考える。
武蔵は、信長による秀吉の中国征伐の戦乱期に生まれ、幼少期の混乱した不安定な国情が続くなかに関ヶ原の戦いを迎える。いわば武士として唯一、剣を生業とするしかなかった時代であった。江戸初期の青年期、当初は殺人剣であった。修練の実戦仕合を重ねるなか、剣の技巧や技法を体得しながら、人や物の本質をとらえ、他流派との交流により、剣の本質を模索しながら中年期を経る。そのころの剣は殺人剣でなく、兵法の全身を意のままに動かせる惣躰自由の心の剣を得て、〈なおもふかき道理〉を求めて文化人の智慧と気質を自己の糧にして高齢期を過ごして晩年へと至る。
そしてそのひとつの悟りが、人間の心は一種類しかない。しかし現実には賢愚がある。人間の心には精神、頭脳、のほか気質いうものがある。気質にも悪の気質と善の気質がある。気質が悪ならば私利私欲、物欲にとらわれ、心の感応力も弱まり、物事が曇り、よく見えなくなる。つまり愚者の心になる。要するに、兵法の道はその気質の陶冶 ( “煩悩を解脱せよ ”) にあることを知る。気質が常に磨かれておれば心は常に明鏡のごとく曇らず、諦念すれば他者がよく見える。さてそこで終わることなく日々鍛錬して一歩進めて良知を止めず、実行の伴う激しい行動主義に裏打されると確信する。
他流からの影響を踏まえて、決して殺人剣にあらず。上泉伊勢守新陰流の創始の教えである。敵の動きに応じて圓を描くような身体の捌きと動きで、敵の動きに従いながらも敵をこちらの意のままに動かして制する技法であり、すなわち、“転・ころばし ”という極意に達し、あるがままの心と兵法の両面に辿り着く武蔵の巌流島の戦い以降は〈独行道〉を貫くのであった。
言葉を換えれば “武蔵は江戸初期のタフな智慧者 ”であるといっていい。

著者紹介

田中 重光(たなか しげみつ)
1951年 福岡県柳川市に生まれる。
日本大学大学院理工学研究科卒、工学博士、一級建築士。
勤務歴/㈱梓設計、㈱東急設計コンサルタント、㈱山下設計などに勤務。現在フリー。
2005年『近代・中国の都市と建築』相模書房(第23回大平正芳記念賞・特別賞受賞)。
2007年『大日本帝国の領事館建築』相模書房。
2010年「後藤新平の台湾ランドスケープ・デザイン」(『都市デザイン』藤原書店)。
2011年『赤い男爵 後藤新平』第1、2刷、叢文社。
2014年『華獅子』(宋慶齢)、叢文社。
2022年 『暁に駆けろ』つむぎ書房。